タイトル【スーパーアンドレアフロボの日常】短編 小説家になろう

 この街にはアンドレアフという金髪の貧乳女性型ロボットがいて、技師のセシルとその両親の家に住んでいた。

「ごほん、そろそろ始めますよ」

「わー、アンドレアフちゃんのものまね今日も楽しみー」

「こら、しーだよ、しーだよ」

「えと、ありがとうね」

アンドレアフちゃん、ごめんなさ~い」

 少女は笑って両手を合わせた。

「はい、はい。ごほん、それじゃあ本当に始めます」 

 顔を俯けると、

「これは私の家の隣の家のラミィちゃんが、学校の友達によく話している事です」

 今度は誰も喋らなかった。

 アンドレアフは顔を上げて目を輝かせると胸の左右で握りこぶしを作って、

「わたし絶対にセシルお兄ちゃんがいいの、将来はセシルお兄ちゃんと結婚するのっ」

 アンドレアフはまた顔を俯けると、

「でした」

 観衆から、お~と拍手喝采が起こった。

「ごほん、次に行きます。これは近所のパン屋のライズさんの話です」

 涙目で皆の向こうを見ながら指で摘まんでほうれい線を両方に作り、

「はー、わたしも歳を取ったわ」

「へー」

 と一つ、声が中年の男性から漏れていた、

「でした」

 常日頃からアンドレアフは、こうして暇を潰しながら観衆からお金を本当に少しずつ稼いでいた。

 家に帰るとアンドレアフは靴を脱いで、出掛ける所のセシルと言葉を交わすと自室でものまねで稼いだお金で集めたぬいぐるみを使って遊んだ。

 暫くして家長のロロコが整備の話をしに来ると、二人して地下室に向かったが、その途中で妻のロクサーヌと「今日も頑張ってね」「はい」と会話をした。

 整備では兵器を装着した状態での確認を主として行われたが、

「ばっちりだよっ、お疲れ様」

「は、はい。いつもお疲れ様です」

 と頭を下げた。

 

 いつものように広場でものまねをしていたが、セシルが観衆の中に居て劇が終わると、

「お疲れ様、一緒に帰ってもいいかな。僕暇なんだ」

「い、いいですけど」

 アンドレアフはくすりと笑うと、

「そういえば、整備が終わった時のロロコさんと同じ言葉を使っています、親子だから調子が似ていますよ」

「そ、そうなん、だ。僕、父さんよりかは母さんに似てるらしいんだけど」

「確かに、顔はロクサーヌさんによく似ています」

 後ろ髪を掻きながら、

「やっぱり。へー、じゃあ僕心は父さんに似たのかな」

 セシルの顔を覗き込みながら、

「嬉しいんですか、嬉しくないんですか、どっちですか」

「どっちでもいいよ」

 アンドレアフに感情というものは無いに等しいが、セシルの言葉を認識すると、はいと言った。

 

 セシル宅から、飛行物体がアンドレアフの背中まで辿り着くころには、雑踏は完全に居なくなっていた。二つの翼と二つの長筒を備えた飛行物体――追加兵器のフェニックス――と一体となったアンドレアフロボは仮の名前でスーパーアンドレアフロボと命名されていた。空を飛んだアンドレアフは避難の済んだ街を一目見ると西に向かった。背後の片方の翼に固定された、先に二つ穴の開いたモーゲルという巨大な銃型の、銀色の武器を構えると、丁度前方から真っ黒な生物が距離にしては速く飛来すると、モーゲルから二つの雷球が発射されたが、簡単に回避された。生物は明らかにドラゴンの形をしていたが、アンドレアフの瞳でないとこの闇の中では認識すら困難な筈だった。相手の動きはそれ程ではなくいつものように戦えば三十分は掛からずにぬいぐるみたちと遊んでいられる予定だった。いつものようにモーゲルと背中の追加兵器フェニックスの長筒から雷球をとにかく打ち続ける作戦で、それを掠らせると、アンドレアフの胸部奥に内蔵された主兵器を開放するとエネルギーの充填が始まった。発射まで最低約一分だが、先程の雷球が命中した相手は暫くは動けない筈だった。発明者の名前からルーニー砲と名付けられた主兵装は、即座に再生を繰り返し続ける肉体を一瞬で再生不能まで焼き切る為に開発されたもので、現在でもそれを超える機構は無いとされていた。胸の穴よりも大きく充填された球体を解き放つと、それをフェニックスの飛行音よりも煩いと認識しながら敵の消滅を確認した。

 玄関前に手を振るセシルを見付けると、アンドレアフはにこっと笑った。

「お疲れ様~」

「ただいまです」

 そう横に降り立ったのに、扉を開けて、

「ささ、入って、入って」

 中に入ると夫婦が笑顔で「お帰りー」と出迎えてくれた。

 

 セシルがラミィちゃんにおままごとに誘われたのは、その三日後の事だったが、

「セシルお兄ちゃんとどうしても、おままごとがしたいんだけど」

 との事だった。

「はい、おミルク飲ませまちゅねー」

 当然哺乳瓶に液体は入っていなかった。

「あ、えと、セシルお兄ちゃんも飲ませてみて、さ、早く、早く」

「え、ああうん」

 楽しそうに、

「さー、飲ませまちゅよー、おー飲みまちたね~」

「お兄ちゃんパパ飲ませるの上手っ、わたし邪魔になってきたかも~」

 少しだけ驚いて、

「え、別にそんなことないよ」

「え、あ。あへ」

 その顔は赤らんで俯いていた。

 

 今日もアンドレアフは広場でものまねをしていたが、一つ思う所があった、これはお金に換えてもいいのだろうかと。瞬間で内部告発者となる決意をすると、

「これは私の家のロクサーヌさんの事です」

 そしてなにもない股間に手を伸ばすと恍惚の声で、

「あ、あ、あ、いくっ、いくっ、いくっ」

 なぜか表情まで加わってきて、

「あっ、あっ、夫が、夫が、夫が見ています、で、でもりゅ、りゅりゅ、リューク君でいくぅっ、あへへへっ、陰毛だけでイクぅ」

 演技が終わって顔を俯けると、

「でした」

 

 そんな間にも敵の襲来はあって、アンドレアフは簡単に撃退していたが、ラミィちゃんがついにセシルと買い物デートに出掛ける事になったのは、それからそう経った日ではなかった。

「それで、どこ行くの」

「もう決めてあるの、まずはね、本屋に行きたいのっ」

 街に一つだけある古本も扱う決して小さくはないそこで、

「このミステリーが伏線がすごくてね――このホラー小説がぜっんぜん怖くなくてね――この恋愛小説がすっごく泣けるの――あとこのスポーツ小説の描写が力が入り過ぎていてとても面白いの――あ、あとこの小説は全く理解できなかったなぁ」

「す、すごいね」

「でしょ、でしょ、わたしねこれまでに千冊は本を読んだんだ」

 と少し鼻息が荒い。

 次に少女の御用達の衣料品店で試着してみると二人とも案外楽しかったが、中等学校の制服が着てみたいというので見てみると、

「ど、どう」

「ふ、普通だけど」

「そ、そっか」

 と寂しそうに言った。

 昼食休憩にお弁当を開くと、色々と交換しつつ仲良く食べた。

 変な骨董品屋になぜか一時間半くらい居た後、アクセサリー屋で、

「あ、えと、えとお兄ちゃん」

「ん、なに」

「えと、えと、えと」

「どうしたの」

「えと、その、あの、えーとあの」

 と何故か斜めの方を向いて固まっていたが、言葉が出ないようで、暫くそのままだったが直に泣き出して、頭を下げて、

「ごめんなさい」

と何度も謝った。

「えーと、顔を上げて」

「は、はい」

 涙を拭くと、

「それで、なんだったの。ゆっくりでいいよ」

 何度も、ふー、ふー、ふーと息を吐いていたが顔を上げると、貯金を大分持ってきているのでよさそうな商品を選んでもらいたいらしいとなんとか理解した。

「こ、このネックレスは、どう思うお兄ちゃん」

 まだ涙目だったがすぐにいつもの雰囲気に戻ると、楽し気に会話しながら買い物をしていたが、結局五千円程度のイヤリングを一つ購入した。

 行きたい場所はもう無いようで、自宅まで送ったが、

「ありごとうね、お兄ちゃん。今日はじゃあね」

 と三日月形のイヤリングを揺らした。

 

 アンドレアフのものまねは自慰での話だったのだが、それが広まったことで踏ん切りがついたのか何故か公然と密会を重ねるようになり、セシル家には離婚の話すらあった。その後に、新しい技師がこの街に引っ越すという話が広まったが、その一か月後にロロコとロクサーヌの関係はあっさり終わった。

 

 慰安の為にロロコを誘って、移住してきた女性技師に挨拶に行くことにしたセシルは、その居間でお茶を啜りながら、割と緊張していた。すぐ前方に座る技師の顔を再度確認すると、結構な以上な美人だった。

「これも、どうぞ」

 お菓子を持ってきた技師は、

「リリィです、そちらは」

 と名乗った。

 帰り際に、

「セシル君とは歳も近いし、仲良くできそうだわ、また会えたら嬉しいんだけど」

 少し嬉しかった。

 セシルとラミィちゃんは図書館に居た、少女は始終よく笑いながら本について解説したが、

「あ、ごめんなさい。お兄ちゃんの見たい本とかあったり、して」

「あるけど、自分一人の時の方が都合がいいから、今はいいよ」

「あ、はい」

 そのままセシルが本の解説をひたすらに受けていると、

「あ、そうだ。どうせだから、これからアンドレアフのものまねを見に行かないかな。すごく面白いらしいんだけど」

「知ってます、知ってます。わー楽しみだなぁ」

 広場に移動すると案の定すでに始まっていたので、人混みに紛れて見ていると、

「ごほん、それでは」

 アンドレアフは顔を俯けると、

「これは領主様が三年前わたしに語った事です」

 唐突に少しだけ頭を上げると、片手を虚空に置き、

アンドレアフ君、君もこの街の一員なんだから、安心するんだよ」

 と前を向いて老人特有の変な笑い方を完全に再現して、俯けると、

「でした」

 二人で精一杯拍手を送った。

「それでは、次です」

 また全員から拍手が起こった。

「これは私の家の隣の家のラミィちゃんが、学校の友達によく話している事です」

 アンドレアフは顔を上げて目を輝かせると胸の左右で握りこぶしを作って、

「わたし絶対にセシルお兄ちゃんがいいの、将来はセシルお兄ちゃんと結婚するのっ」

 横を見ると、少女が耳まで真っ赤になって口を両手で押さえていた。

 アンドレアフが、

「でした」

 

 リリィの整備した幼女型のローズロボが加わると、戦いは圧倒的にまでなっていたが、スーパーローズロボ――結局仮の名前のスーパーアンドレアフロボが定着していた――になると作業効率も大分向上していた。約束通りセシルが、リリィの家を訪問すると玄関が開いているので不審に思い、探索を始めると、悲鳴に似た声が聞こえ、扉を開けると、

「え、えーと。どうやって家の中に」

「か、か、鍵開いてましたけど」

 少女は半裸で股間に手が伸びていた。

 二人とも動かなかったが、少女が立ち上がると半裸のままセシルに胸を押し付けて言った、

「わたしの相手って別に君でいいんだけど、どうする」

「な、な、なにのですか」

「あれよ、彼氏よ、彼氏」

 その後にセシルが挿入まで済ませたのだが、二人以外が知ることは無かった、筈。

 

 ロロコが近所のパン屋に毎日毎日通うようになったのはセシルも知っていたが、いつの間にかその一人娘のライズさんと付き合い始めたのには、さすがに驚いた。三か月後に平然と結婚したのには安心が少し勝った。後から、二人に結婚秘話を散々聞かされたが、要は完全に行き遅れたおばさんと捨てられた亭主で慰めあっていたらということらしい。

 夜中の訪問客を確かめると、ラミィちゃんだった、なんだが思い詰めているような大人になったような今にも壊れるような、いつもと違う様子から、

「あの、お兄ちゃん」

「は、はい」

「この前のアンドレアフさんのものまねって、本当の話なんです」

「え、あ、はい」

 だから、と言って、

「あの話がわたしの昔からの本心です、結婚はまだですけど、正式にお付き合いを始めませんか」

「え、あ、はい」

 えっ、となって目の前の男をまじまじと見た。自分で何度も感じた成功のイメージの後の喜びとは、なにかが違ってすごく静かですごく幸せですごく心が暖かくてすごく思考が未来に飛躍しそうで、すごく飛び跳ねたくなったけども必死に我慢して。慎重に口を開いて、

「あ、ちょ、ちょっと待って」

 とセシル。

「な、なんですか」

「勘違いさせちゃったみたいだけど、僕はラミィちゃんとは付き合えないよ」

「えーと、えーと、えーと」

 最初は満面笑みだったが、表情が無くなった後、血の気が引いて、真っ青になった。

「どうしても付き合えないんだ。ごめんなさい」

 立ち尽くす少女を残し家に帰った。

 その半年後、スーパーローズロボとスーパーアンドレアフロボが上空で三体のドラゴンと戦っている最中、それを見ていたセシルには嫌な予感がしていた。まず三体も同時に現れたことなどなかったし、動物たちがよく騒いでいた、さらにはリリィとも今日は嫌な予感がするとそもそも話し合っていた。と思っていたが上手く雷球で三体を麻痺させた二人は、胸部のルーニー砲を開放すると、直に敵は消滅したが、帰還する二人が不意に振り返ると、そこには真っ黒な巨大な人が立っていた。それが口を開けると、虹色の光が数瞬の後にスーパーローズロボとスーパーアンドレアフロボを飲み込んだが、片方は完全に蒸発して、片方は大破した。落下したアンドレアフには身体が殆んど残っていなかったが、セシルは記憶チップだけを回収するとその場から逃げ出した。

 

 人類文明は地上から消えていた、人類は地下世界で細々と生き延びていた。

「リリィ、子供たちは眠ったのか」

「はい、あなた」

 三人の子供たちは母親の周りでぐっすりと眠り込んでいた。

「君とこの地下施設で結婚して二十九年になる、初めてになるけど後悔していないかい」

「ぜっんぜん。地下には飽き飽きしますけど」

「よかった」

 ラミィちゃんと一生友達でいようと約束した時の夢が終わると、施設の灰色の天井が視界に入った、ライザおばさんが話し掛けてきた。

「昔のことでも思い出していた顔だったよ。また街から逃げ出した時の話だけどね、お父さんに言われたよセシル君をよろしく頼むって。あと記憶チップの話もね」

 そこまで言って咳き込んだ。

 研究ルームに入ると、アンドレアフロボの再生は三割も進んでいなかった。この地下世界はいつまで人間が暮らせる空間として機能するのだろうか。

 研究ルームをぐるりと見渡すとロボット兵器たちが今は眠っていたが、まだこれでも数が足りないであろう事は明白だった。

 地下世界は研究地区と居住地区農業地区娯楽地区に分かれていて、娯楽地区では主として機械での遊びが流行っていた、農業地区では食糧生産が安定してされていたし、居住地区の衛生管理は完ぺきだった、そして研究地区ではアンドレアフが未だ眠っていた。

 

 研究ルームでの会議で行われた作戦の再確認では、アンドレアフロボの記憶チップから蘇ったアンドレアフロボの情報と接続したあの虹色の閃光を中和する防壁装置を盾に、大幅に改良したルーニー砲を装備したロボット兵器たちが、地上を破壊し尽くしたあの怪物を一瞬で焼き切り戦いが終わる筈だったが、そもそも敵が虹色の閃光以上のなにかをしない可能性など無いし本当にルーニー砲で倒せるのかも分からなかった。硝子の向こうではアンドレアフロボが半分以上は蘇っていた。

 ライズおばさんが相変わらず写真立てを胸にしているのを見て、

「少し見せてくれないかな」

「ああ、いいよ」

 写真に写ったロロコは、逃げ出す時に中和装置の開発とそれと記憶チップとの接続について話してくれた時のままだった。みんな生死は絶望的だった。父さんもラミィちゃんもロクサーヌ母さんも。

 アンドレアフロボの再生が終わったらすぐにでも反攻作戦の準備が始まる筈だった、だからセシルはその前で一夜中語り掛けていた。作戦まで後一週間くらいだと言われていた。

 

 アンドレアフロボが瞼を開くとまず、セシルと年老いたリリィが目に入ったが、その下に子供たちがいた。その記憶チップにはあらかじめ混乱の無いよう全ての情報がインプットされていたが、セシル君お久しぶりですとだけは呟いていた。

 すぐに中和装置の接続が始まったが、三日後にそれが終わると、さすがのセシルも初めて肝を冷やした、本当に作戦を開始していいものかどうかと。

 大宴会の後、人類は三十年ぶりに地上への道を開いた。丁度八十一機のロボット兵器が地下のレーダーからの情報の通りにあの巨人の前で陣形を組んだのは夕方の事だった。巨人の怪物が口を開いた数瞬後、フェニックスを装備した一人突出したスーパーアンドレアフロボが展開した防壁が虹色の閃光を打ち消した。残り八十機の胸部のルーニー砲が発射されるまで特別に改良されたルーニー砲では約五分は必要だった。

 スーパーアンドレアフロボは百二十回は中和防壁を展開した筈だが、装置に異常を感じた瞬間にそれに罅が入った。慌てて情報を確認すると防壁の展開はどうかは分からなかった。ルーニー砲の発射までにはまだ少し時間があった。スーパーアンドレアフロボは怪物の目前まで超高速で移動すると開いた口に溜まった虹色の閃光に中和装置と腕を突っ込んで防壁を展開せずに漏れ出した粒子で中和仕切ったが、あと一、二回が限界かと思われた。だが、ルーニー砲の充填は完了しつつある筈だった。その時、怪物の口が閉じて頭を振り回すとアンドレアフの身体を振り払おうとしたが、簡単にはと思ったが巨人の頭が異様な軌跡を描き異常な動きを続け、アンドレアフは初めは耐えていたが、次第に諦め始めた、虹色の閃光が発射されれば部隊が壊滅する可能性もある、そうしたら人類の破滅だった。だが、なんだかどうでもよくなってきた。もとから感情というものが無いに等しい存在だったがこの時はなにかが違った。だって、セシル君はもうわたしとは。本当に諦めかけた時記憶チップから記憶が流れ込んできた。それはセシルたちの記憶の全てだった、懐かしい記憶も沢山あったがむかつく記憶も沢山あった。

 セシル君の為にもう少しだけと踏ん張っていたが、ついに吹き飛ばされると、超高速で虹色の閃光の前に陣取ると、もう間に合わないと中和装置を盾にしたが、虹色の閃光を受けた中和装置の根幹機構を流れる最後の中和の力も閃光を中和仕切れず、閃光はスーパーアンドレアフロボを蒸発させたところで力を失った。その時、充填の完了したルーニー砲八十門が怪物の全てを焼き切った。いくら待っても、怪物の再生は起こらなかった。

 地上に戻った人類は徐々に過去の繁栄を取り戻し、都市も自然もなにもかもが元に戻るであろうと思われた。あの戦いの跡地に今は街があるが、その街の観光名所としてアンドレアフのお墓がある。

 都市やお墓ができる前のアンドレアフが蒸発した上空の下で。セシルは思った。

 実は君のことが妻と会うまではずっと好きだった。だがその言葉が、彼女に届くことはもう無かった。

タイトル【異次元の神々】短編 小説家になろうに掲載中

 少女は気付くと何故か煉瓦道の上にぽつんと立っていた、記憶は無かった。服を着ていることは気配で分かったので、確認すると確かに白の夏用セーターに紺のミニスカートさらに下着を着用していた。帽子等は無かったが髪の状態は分からなかった。顔を触ってみたが皺は全く無かったし美醜は判断できなかった。さらに他の場所に意識を送ったが何処にも皺は無かった。ついでに靴下と靴を確認すると色は上から白と黒だった。もう一度確かめたがやはりとんと記憶は無かった。なのでとりあえず歩き出すと、直に大通りに初めて人を見付けた。邪魔なほど大勢居たが殆どは少女に気付きもしなかった。単純な本能が告げていた、ここは何処私は誰と。暫く雑踏を楽しそうに眺めていたが、その横を通り過ぎて一人の女性が建物のネープルスイエローの外壁に凭れると少女にちらと目を向けた後に休憩に入った。その女性は行動力がある上に信頼が置けそうだったので思い切って少女は、ここは何処なのかと尋ねたがもう一度訪ねる頃には表情で言葉が通じていないことを悟った。女性が少女には分からない言葉で、私には手に負えないわごめんなさいと去った後に偶然だったのかと考え、一応は他の危険そうでない大人に話し掛けたが偶々最初の女性と言語が違った訳でもなくどれにも言葉が通じなかった。二時間半後諦めて街の遊具などは無いほぼ樹木に重点を置いた小さな公園のベンチに腰掛けていると、気付くと子供たちが向かっていて顔を上げると一番前の子がすごく悪そうな顔をしていた。すぐに立ち位置と態度でその子が首領格だと分かった。子供らはなにやら喋り掛けて首領格の子だけ幼い悪意で笑っていたが他は控えめだった、少女にはなにをしているのかもなにも分からなかったが、それを理解した子供はんっんっんっという言葉と指先で頭の上の所を少女のと自分のとを示し続けると、やはりなにを言いたいのかとなったが少年たちは髪の色が金色ではなく茶色であることを笑っているのであった。どうでもよくなって立ち去ろうとした背後から手が伸びると何故か下の下着が露出していたので、我を忘れた少女は首領格の少年を殴り飛ばして、馬乗りになった後、半殺しにするつもりがいつの間にか少年の顔は変形していて、死んだかもしれなかった。子供たちは理解も追いつかず泣きながら何処かへ行ったが、少女は邪魔者の居なくなったベンチに座って少年が息をしていないことに気付いた。

 警備兵に連れられて地下の牢屋に入れられた少女は、三日間汚いようで全く壊れそうにないベッドにひたすら腰掛けていたが、来客があって、少し身分の高い貴族の青年だった。興味本位で少女を自分の女の一人にしようかと見に来たのだが、普通以上には気に入ったようだった。すぐに牢を出されすぐに普段は固く閉ざされた門の向こうの貴族地区に招待されたが、屋敷というよりは綺麗なだいぶ大きなただの庭付きなだけの庶民の家だった。白髭で威圧しつつとても瞳の澄み切った父親とその妻に紹介されると――そこで青年の名前がライトであると説明され、少女がミリィと呼ばれることが決まった――部屋を宛がわれた少女は、突然豪華になった染み一つない布団と枕で一夜過ごすと、次の夜にライトに迫られて仕方なく性交をして、中出しをされた。半月後に丁度お姫様の結婚式があってパレードを見物したが、お姫様はとても可愛らしくて鏡で見た自分のいたって普通の顔とは全然違った。

 その家で執事とライトが会話しているのを見るのは一度目ではないが、これほど嬉しそうなのは初めてだった。隣国との初戦に勝利したという話をしていたのだが少女には相変わらず言葉が通じなかった。住人に加えられて次の日に、ずっと寝ていたいと身振り手振りで解説したのだが、勝手にさすがに暇そうと感じていたのかライトが観劇に少女を誘った。貴族地区の隅にある大劇場は満員だった。並んで座ると終始悲劇的な展開の劇が始まったが、中々面白いなと半ば見入っていると、案外唐突に終わってしまって余韻に浸っているところを横の連れがそれを眺めていることに気付いて、あ、いたんだと思った。その夜にもう一度セックスをしたが、あまりなにも感じなかった。執事とライトが会話しているのを見るのが何度目かは少女には分からないが、様子が異様というか異常というか変であることは瞬間的に分かった。その後の説明であの父親が戦死したことはなんとか認識したが、ライトは葬式の予定で忙しそうだった。次の日に貴族地区の左端に妙な壁画を少女は見付けた、偶然ライトがそれを見付け後ろからやあと声を掛けて横に立ち少し眺め、自然に。「この終末予言の壁画を見ていたのか、小さい頃は少し見ただけで怖かったよ、今は全然だけどね」少女は半ば聞き流してなにかを思い出しそうになっていたが、なぜか思い出してはいけない気がして、星があまりにも簡単に虎に似た巨大な化け物に粉砕される画を思い出しながら急いでその場から逃げ出した。

 一年後のその日にいつもの食べ切れなさそうな食事から肉料理が明らかに減ったことを、その日の朝に知った、魚が完全に消えたのは少女にとって残念だった。さらに劇の公演が無くなったのも一応残念ではあった。数日後にライトが言葉が通じないミリィだからと前置いてから、戦局が不利なこと、国自体が負けるかもしれないこと、それに終末予言の通りでは全然ないが終末予言のように世界が滅ぶかもしれないと滅亡については冗談ではあるが話した。さらに数日後に貴族地区の学校の演劇クラブが大劇場で上演するのをライトと見に行った少女は、いつもと違うけれど楽しかったと思った。次の夜に庭のベンチで星空を眺めていた少女の横に座ったライトは、暫くして敗戦続きからの不安や自分の行く末からのそもそもの生き死にからの不安や、塞ぎ込んでなにもしない母親への愚痴や色々なことを話したが、全てが負の言葉であることに気付いてすぐに謝った。少女は徐に手を伸ばすと、ライトの頭を撫でてすごく自然ににこっと笑った。二ヶ月後に少女は王城に避難させられた。集められた部屋ではすでに、泣いている子供たちを母親が慰めていた。夕方になると母親同士が、勝算はあるという話と実際はどうなるか分からないという話と夫たちが負ける訳がないという話をしていたが、なにが起こっているか分からない少女は夜になると仰向けになっていつもの時間に眠った。朝日で目を覚ますと、嫌な気配がしてそれについて考えていたが、そこに兵士が踏み込んできて無抵抗な数人を切り殺し制圧すると女性たちへの凌辱が始まった。少女はまだ嫌な感じがしてひたすらにそれを考えていたが、無理矢理立たされると胸を揉まれ下卑た顔を見た瞬間、指で男の目玉を綺麗に取り出すと付いてきた視神経を摘まんだ千切った。暴れる兵士が予備の短剣を少女の左肩に突き刺したが、少女はそれを引き抜くと空洞になった片目を押さえる兵士の首にそれを突き刺して貫いた。すぐさま密集された少女は、さすがに死を覚悟したが、その時徐々に光が失われていくのを少女も感じていた、室内に静寂と動揺が訪れた。光一つ無い中で少女は全ての記憶を思い出していた、異次元の神との戦いから逃げ出しこの星で少女として完全に気配を消していた記憶。確実に慌て続けるがほぼ身動きしない人々の中でひたすらに冷静に、少女は星の外、宇宙空間に空間転移した。蓄えた力の減少を感じる少女の背後で、太陽光線を完全に遮断するほど巨大な、虎に似た化け物の姿をした異次元の神が星を一撃で粉砕した。その間に逃げ出そうとする少女を異次元の神の力が完璧に捉え少女の圧縮が始まったが、少女のお腹に少女はなにかを感じていた。それはライトとの間にできた子供だったのだが、その子供の異次元の神としての本来の力が流れ込んできて少女は昔の戦いで消耗した力の殆どを回復していた。少女の姿を捨て異次元の神としての実際の姿を取り戻した少女は、数年前の自らの戦いから変わらないほど弱ったままの神を全力で圧縮すると、木端微塵に砕いて宇宙のちりにした。一息つくと異次元に帰った少女は異次元の神々の一員として一応は出産をしたのだが、二人がどうなったのかまでは分からない。